和紙原料生産における問題点と課題
1. 生産者の高齢化と後継者の不在
コウゾ、ミツマタを問わず、和紙原料生産者の高齢化が著しい。収 穫・加工時期が農閑期とあって、農業の副業として行われているケースが多いが、除草や芽かき、病害虫対策などの春~夏にかけての管理が伴う。これらの作業 が負担と感じられるためか、農業を継いだ後継者でも、コウゾ・ミツマタの栽培・加工に積極的に携わるケースは少ない。
品質の高さで知られる那須楮の「本場物」の産地、茨城県大子町大沢地区の生産者戸数は40軒、そのほとんどが70歳代で、後継者はほとんどいないとい う。コウゾの皮をむくために蒸す前にはコウゾを束ねる必要がある。番線では繊維が傷つくため、葛の蔓を使うが、それを集めるだけで1日仕事になる。このま ま後継者がいなければ、あと10年もすれば那須楮は絶える、との声も聞こえる。
和紙原料の生産において、後継者の育成は最大の課題といえる。
2. 生産量の減少
高齢化が進む中で後継者がいなければ、生産者数は年々減少し、そ れに連れて生産量も減少が続く。各地でのヒアリングによれば、国産コウゾの価格は上昇しているという。和紙需要の冷え込む中で原料価格が上昇すれば、高価 格でも販売できる紙を漉く限られた漉き手でなければ購入できないことになる。
他の多くの漉き手や機械抄きなどでは、低廉な輸入コウゾを使わざるを得ない状 況となり、いわば和紙原料価格の二極化が進みつつある。
3. 和紙需要の減少
ライフスタイルの変化によって、生活の中で和紙の使われる機会は 減少してきた。また、2009年に実施される株券の全面電子化等、ペーパーレスへの流れは今後ますます進んでいくものと思われる。
これまでも和紙関連業界 の努力により、照明や建築等、多くの新規需要が開拓されてきたが、引き続き、需要拡大に向けた消費者への提案等を、各種業界とタイアップしながら開拓して いく必要あると思われる。
4. 生産振興策の欠如
和紙の漉き手で文化財の指定を受けると、文化庁より技術保持のた めの経済的支援がある。一方、その文化財を支えるための国産和紙原料の生産に関しては、ごく一部で県単位での振興事業があるのみで、生産現場に対する支 援措置がほとんどないのが現状である。
日本の和紙文化を底辺で支えるのは、生産者である。何らかの振興策、あるいは生産者が交流することによって作業の効 率化等の情報交換できる場の創設等の検討が望まれる。
5. 和紙製品への表示
国内の和紙原料生産者の存在を消費者に知ってもらうための一方策として、和紙製品の原料表示の検討が考えられる。
越前和紙の産地、福井県の福井県和紙工業協同組合では、「越前和紙トレーサビリティ」を開発し、導入している。原材料の共同購入の時から、組合員が和紙 を生産するまでの履歴を残し、問い合わせがあれば、誰がいつどのような材料群を使用して生産したのかをWEB上で公開できるようになっている。
また、和紙 は天ぷらの敷き紙やお茶の懐紙などに使われるから、そこに有害な物質が含まれていれば消費者の口に入ることになる。万が一使用した材料・薬品などに問題が 発生した時は、どの組合員の生産したどの和紙に危険性を含んでいるかを把握し、出荷差し止め・回収などの適切な対応が取れるような仕組みにもなっている。 しかし、和紙の小売店では1枚ごとに販売されることも多く、その1枚1枚にトレーサビリティ番号が付されるまでには至っていない。
手漉き和紙の値段について、全国手すき和紙連合会が行ったアンケート調査では、56.7%の消費者が、「値段が高くても必要なら買う」と回答している。 原料の産地が国産であることを表示することで、コストに対する消費者の理解はより得やすくなるものと考えられる。
また、品質を保証するために、いつすかれた紙なのか、その製造年月についても表示するなど、消費者に提供するべき製品情報を、さらに広く検討していくことが望まれる。
6. 廃棄物の有効利用
コウゾ、ミツマタともに、和紙原料として使うのはごく一部の繊維 のみである。コウゾの黒皮をはいだ後の残りは「コウズッカラ」などと呼ばれ、かつては皮をはいだ人への労賃として分けられ、風呂の焚き付けなどに利用された。
ミツマタの殻は加工をして華道用の素材として活用するなどの試みが見られるが、カビやすく、十分な実用性を得るまでには至っていない。付加価値のある ものへの商品化、あるいはバイオマスとしてのエネルギー利用等により経済価値を生み出すことができれば、生産者の経営環境向上の一助となろう。
7. 今後に向けた取り組み
国内有数のコウゾ生産地である高知県では、平成19年12月、高 知県手すき和紙協同組合によって「土佐楮保存会」の設立が検討されている。
県内のコウゾの生産地区ごとに生産者、加工業者、流通業者等からなるグループを設け、各グループ内、及び各グループと手すき和紙組合員との交流を通じて技術の向上を図ろうというもので、和紙原料生産者の今後に向けて、参考になる取り 組みといえる。
平成19年度林野庁補助事業「文化財の維持等に必要な特用林産物供給支援事業」の一部として日本特用林産振興会がとりまとめた。